大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(ラ)246号 決定 1984年7月03日

抗告人

平浩

右代理人

志村新

小木和男

主文

原決定をいずれも取り消す。

本件債権差押え及び転付命令申立てをいずれも却下する。

理由

抗告代理人は、主文同旨の裁判を求め、その理由は、別紙「抗告の理由」記載のとおりである。

そこで、本件記録によつて検討するに、原決定の請求債権目録AないしC項各記載の経緯のとおり、抗告人は、原決定債権者を相手方とする本件不動産競売手続停止仮処分申請事件(横浜地方裁判所昭和五七年(ヨ)第八一九号)において、同年七月二九日原決定の差押債権目録記載のとおり保証金五〇〇万円(以下「本件供託金」という。)を供託して、右競売手続を停止する旨の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を得て、同日右競売手続は停止された。しかし、横浜地方裁判所昭和五七年(モ)第二八一六号競売手続停止仮処分異議事件において、原決定債権者、抗告人間に昭和五五年九月一九日本件不動産について根抵当権設定契約が締結され、その旨の設定登記手続を経由する旨の合意が成立したとの理由をもつて、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、かつ、保証をもつてこれに代えるのは相当でないとして、同五八年九月一日本件仮処分を取り消し、抗告人の本件仮処分申請を却下する旨の判決が言渡され、右判決は確定した(以下「本件仮処分異議確定判決」という。)。そこで、同五九年四月一八日原決定債権者は、本件仮処分決定により、同五七年七月二九日から同五八年八月三一日までの三九九日間、本件不動産競売手続が停止されたため、被担保債権元本二〇〇一万八二二〇円に対する右競売停止期間三九九日についての約定遅延損害金年二四パーセントの割合による合計額五二五万一九〇二円相当の損害を蒙つたとして、右損害賠償請求権に基づいて本件保証金について質権(以下「本件債権質権」という。)を有する旨主張し、原裁判所に本件保証金取戻請求権を差し押えたうえ、質権実行の方法として右差押債権を支払に代えて券面額で転付すべき旨を申立て、原裁判所は同月二〇日右申立てを認容する本件債権差押え及び転付命令(原決定)をしたことが認められる。

ところで、本件のようにいわゆる訴訟上の担保が供託された場合、担保権利者は供託物の上に質権者と同一の権利を有する(民訴法五一三条、一一三条)から、右担保権を行使し得べき事由が発生したときは、債権者(供託者)の有する供託物取戻請求権について、法定担保権たる債権質権を実行し得ることになる。そして、右債権質権の実行方法の一つとして、本件のように、供託物取戻請求権を差し押え、質権実行の方法によるものであることを明示して転付命令等を得たうえ、所定の添付書類とともに、これを供託所に提出し、供託金の交付を受ける方法による場合には、当該担保権の存在を証する文書の提出を要する(民事執行法一九三条一項)ところ、右にいう「担保権の存在を証する文書」とは、債務名義までは要しないが、不動産競売についての同法一八一条一項一号ないし三号所定の文書に徴し、債務名義に準ずる程度に被担保債権の存在の蓋然性が高く、これにより当該担保権の存在を証明し得る文書であることを要するものと解するを相当とする。

これを本件についてみるに、本件債権質権の被担保債権は、本件仮処分決定により生じたとする前記約定遅延損害金五二五万一九〇二円の損害賠償債権であるところ、本件仮処分異議確定判決は、本件仮処分申請について前示理由により被保全権利を欠くものとして、本件仮処分決定を取り消したものであるから、このような場合、抗告人は、本件仮処分申請について相当の事由があつたことの反証のない限り、右申請について少くとも過失があつたものと推定するのが公平の理念に照らし相当である。したがつて、本件仮処分異議確定判決の存在は、本件債権質権の被担保債権である前記損害賠償債権の存在を一応推認させるものといえるが、本件債権質権のような訴訟上の担保の場合、通常の契約上の担保の場合と異なり、被担保債権は本件仮処分決定により原決定債権者が被つた損害賠償債権であるから、本件仮処分異議確定判決によつては、未だ右損害賠償債権の存否及びその数額が具体的、客観的に確定したものということはできない。したがつて、担保権利者たる原決定債権者としては、別途の民事訴訟手続等によつて得た右損害賠償債権の存否及び数額を具体的に証明する確認あるいは給付の確定判決又は支払命令ないし確定判決と同一の効力を有する和解、調停調書等の謄本等をもつて、民事執行法一九三条一項所定の担保権の存在を証する文書として、提出することを要するものというべきである。

以上の次第で、本件債権差押え命令は、民事執行法一九三条一項所定の文書の提出なくして、発令したものであり、また、本件転付命令は、右差押え命令を前提として、その支払に代えて右差押え債権について転付を命じたものであるから、いずれも法定の要件を欠いた違法があり不当というべきである。

よつて、本件抗告は、理由があるから、原決定をいずれも取り消すこととし、さらに、本件債権差押え及び転付命令の申立ては、前示理由により相当でないから、いずれもこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(中島恒 佐藤繁 塩谷雄)

抗告の理由

原決定は、執行開始要件である「担保権の存在を証する書面」の提出もなく、また、実体上、本件債権の被担保債権たる損害賠償請求権が不存在であるにもかかわらず、これを看過してなされたものであり、取り消しを免れない。すなわち、

一 原決定には、民事執行法第一九三条が執行開始要件として定める「担保権の存在を証する文書」の提出がないのに債権者の申立てを容れた違法がある。

本件は、抗告人(債務者)申請によつて為された不動産競売手続停止仮処分決定によつて債権者が被つた損害についての賠償請求権を被担保債権とする法定質権にもとづく執行申立てである。従つて、民事執行法第一九三条により、質権の存在を証する文書として損害賠償を命ずる判決の提出が必要であるところ本件申立はこれを欠き、たんに仮処分決定が異議事件の判決によつて取消されたことを根拠に債権者において一方的に「損害額」なるものを算出しているにすぎない。

仮処分の担保としての供託金に対する質権の存在が証明されるためには、仮処分が被保全権利又は保全の必要性を欠く違法なものであること、及びその仮処分と相当因果関係に立つ損害の範囲が証明されなければならない。これによつて、はじめて担保の実行、質権の実行が為しうるのである。

そして、その証明の方法としては、本件のごとく民事執行法にもとづく質権実行の方法によらず、質権の有する取立権に基づいて直接に供託金の還付を受ける場合に損害賠償請求権を認容する確定判決の正本が要求されていること、あるいは逆に担保取消に際しての権利行使催告は仮処分の本案訴訟の完結後に行なうこととされ、その場合の「権利行使」とは、損害賠償請求の本訴とされていることなどと対比してみても、当然に損害賠償請求を認容する確定判決でなければならないというべきである。

のみならず、本件の場合、仮処分は異議訴訟により取消されてはいるものの、同取消決定は保全の必要性を否定していないばかりか後述のように被保全権利の有無については本案訴訟において審理中であり、到底損害賠償請求権が認められる前提としての仮処分の違法性を証するに足るべきものは何も存しない。

二 本件質権の被担保債権である損害賠償請求権が発生する前提となるべき抗告人所有不動産に対して設定された根抵当権は無効である。

本件根抵当権設定契約及び設定登記は、抗告人が不知の間に何者かが抗告人の名義を冒用してこれを行なつたものであり、無効なものである。

尚、抗告人は東京地方裁判所に対し、本件根抵当権の不存在確認及び根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴を提起し、同訴は現在、同裁判所昭和五七年(ワ)第一二一九七号事件として民事第三〇部に係属中である。

三 万一、本件根抵当権が有効に存在し、仮処分が違法なものであつたと仮定したとしても、債権者が抗告人に対して有すべき損害賠償請求権の範囲は金五〇万二七六二円にしかすぎない。

すなわち、仮に根抵当権が有効としても、抗告人は消費貸借契約上の債務者ではなく、物上保証人であるにすぎず、従つて抗告人が債権者に対して賠償すべき損害の範囲は、現実に目的物件によつて担保し得た額、すなわち債権者が競売によつて得た配当金額が競売停止仮処分によつて運用しえなかつた損害にとどまる。

そして、この運用損(運用金利)は、第三者に対する新規貸付によつてはじめて得られるものであるから、いわゆる遅延損害金でなく、通常の運用金利の割合による金額に限定されなければならない(一応、商事法定利率年六分を推定)。

よつて、現に債権者に対して配当された額は金七六六万五三三六円であるから、これに三九九日分の年六分の損害金を算出すると、損害賠償額は金五〇万二七六二円にすぎぬこととなる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例